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ムタツミンダにかかる月 − 『ECM Selected Signs III – VIII』を超えて(承前)  The Moon over Mutatsminda − Beyond "ECM Selected Signs III - VIII"(continued)

  1. 2013/07/04(木) 23:44:13|
  2. 批評/レヴューについて|
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  4. コメント:0
 前回で多田雅範の耳の「業」の深さを指摘したら、本人から鋭いボレーが帰ってきた。
http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20130704

 しかも「クレジットだけではわからないマギー・ニコルスが2トラックに潜んでいることを解説する福島さん、さすがです」とこちらの突っ込みを賞賛する余裕を見せながら、その微笑をたたえたままで「AMMのラジオ・アクテヴィティが配置されるとき、ほかのトラックまでがレイヤー構造によって受信する枠組みが与えられ、空間性を聴く構え、たとえばジャレットのピアノ音だけではなく、この録音固有のECMリバーブの存在を意識するというような。そうなるとAMMのトラックはかつてスティーブ・レイクがJapoで制作したという特異性はこのリストにとっての傷ではなくなる」と、こちらが身動きできない素早さで鋭利な刃が一閃する。

 彼はこれに先立ち、次のように書いていた。


 速度について。
 ビージーズの「メロディ・フェア」は異様なヒットソングである。
 イントロからして演奏のタイミングがズレてるような、そのズレに速度を見る。ヴォーカルが入ると合っているんだか合っていないんだか、感覚がかく乱されて宙に浮いた感覚に置かれる。
 イントロは右側アコギのアルペジオ、左手からベースの弓弾き、そして奏者の呼吸らしき擦過音、オケがかぶさって、の、おのおののテンポは合っているのに呼吸が孤立しているのだ。
 これはもうレイヤー構造をなしていると見てよい。ハンドクラッピングにはっとさせられるのは、耳が、レイヤー構造によって形成された空間を聴くからなのだ。
http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20130702


 この指摘は極めて重要だ。ここで一見アンサンブル・アレンジかレコーディングのミックス加減について語られているように思われる(だからこそすらすらと読み飛ばしてしまいがちな)この指摘が、実は音そのもの、音空間それ自体についての分析であったことが、今回のAMMの演奏を巡る叙述と突き合わせると浮かんでくるからだ。
 すなわちAMMの「音響」へと透き通っていくサウンドの重なり合いは、各演奏者の放つ各人の署名入りの固有の輪郭を持ち、誰と見分けられるヴォイスのあり方を離れ、それぞれが見分け難く溶け合いながら、かつ渾然一体団子状の音塊と成り果てるのではなく、不可思議なグラデーションを描きながら敷き重ねられた極薄の多層へと、ゆるやかに分離していく。そこに現れるのは、言わばそれぞれに濃度傾斜の飛躍を有する上澄み/沈殿である。
 ガスバーナーで熱せられているビーカー中の水に眼を凝らすと、温まった底の部分の水が表面へと上昇し、また下降する流れの揺らめきが観察されるが、そこで見えているのは化学組成としてはまったく同一の水の間に生じる界面にほかならない。同じようにキース・ジャレットのピアノの響きに多田が見出すピアノ音とECMリバーブにしても、前者がジャレット本来の「生」のピアノ音で、後者が付け加えられた人工物ということではなかろう。彼はむしろピアノの鳴り響きの中に、交錯する様々な力を、多様な速度の音の流れを、先に触れた界面の揺らめき、敷き重ねられたレイヤーの震えとして聴き取っているのではないだろうか。

 AMMの音世界に触発され、音を「レイヤー構造によって受信する枠組み」が与えられるならば、いや逃れ難く耳に刻印されてしまうのであれば、あらゆる音はその内奥に秘められた底知れぬ豊かさを明らかにするだろう。ECMの迷宮世界はそうした聴取の冥府魔道への誘いであり、AMMはそのわかりやすい一例に過ぎない。そうであればこそ、スティーヴ・レイクによるプロデュースのつながりで示唆されるのは、このJapoリリースの作品が決してECMの異端ではなく、むしろ深奥/震央に位置しているということなのだ。

 私の浅い理解に基づく誤解を、さらりと受け流しつつ、ぐさりと核心を突くその言葉の運びは、耳にタバコを挟んで店内を徘徊し、ステテコ姿で洗濯機に向いつつ発せられたものなのである。何ともカッコイイではないか。その文化不良中年の鑑と呼ぶべき志向とスタイルに快哉を叫びたい。


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