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「ECM Catalog」−道に迷うための地図

  1. 2010/07/31(土) 23:22:06|
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「耳の枠はずし」の最終回「ECMカフェ」以降もECMの奥深い響きにはまっている。その後、7月14日に発売された完全ディスク・ガイド「ECM Catalog」も購入した。
そこだけで1冊になりそうな冒頭のジャケット写真を載せたグラビア頁(フルカラー)を見ているだけで、いろいろ発見がある。「ECMカフェ」でご紹介した「水平線ジャケ」の話も、この頁のPDFファイルを月光茶房で店主の原田さんに見せていただいた時に気がついたものだった。

もともと「ECMカフェ」のアイデアは、「3人くらいでディスクをかけながら話ができたらいいな」くらいの思い付きから始まった。「だとしたら、ネタは何にしたらいいだろう」と考えているうち、当時「ECM Catalog」が発行間近であることを知って、「それだ!」と決めてしまったものなのだ。「何て安易な‥」とあきれられてしまいそうだが、本当のことだから仕方がない。他のお二人、ECMコンプリート・コレクターの原田さんと元ECMファンクラブ会長の多田さんは、何しろこれ以上ないECMの大家なのだから、聞き役に徹していればいいかな‥ぐらいに考えていたのだ。

だから、「耳の枠はずし」の第1回から聞いてくれた多田さんに、「フリー・ミュージックのハードコアとECMじゃ全然違うじゃないですか!」と言われた時は、正直困ってしまった。その一方で、やはりレクチャーを聞いてくださっていた原田さんからは、「響き、触感、空間など、ECMを考える際と共通のキーワードが一杯出てくる」とのご指摘もいただき、何となく設定すべき耳の視点が浮かんできたような気もしていた。

レクチャー第4回「清水俊彦を聴く」の準備で、清水俊彦さんの書かれた文章を読み直している時に、清水さんが「ポスト・フリーの探求」の文脈で、アイヒャーの発言を引用しているのに出くわした。一瞬、すごく唐突な感じがした。だが、そこで挙げられている初期ECMの作品を見て、すぐに納得する。ECM 1004 Marion Brown / Afternoon Of A Georgia Faun はじめ、初期のECMが様々な方向から(ここが重要)、「フリー以降」の可能性を探っていたことを、今更のように思い出したのだ。実際、その後、ECMが確立していくパブリック・イメージ(「クリスタル・サウンド」や「キース、チック、パット」)からすると、初期作品にはデレク・ベイリー参加作品が2枚もあったりして、異質な感じを受けることだろう。だからと言って、初期はフリー・インプロヴィゼーションに集中していたというわけでもない。同時にポール・ブレイのピアノ・トリオだって2枚もあるのだから。アンソニー・ブラクストンの参加作品があり、より若い世代であるアルフレート・ハルトたちの集団即興演奏があり、フュージョン・ブームの発火点となった「リターン・トゥ・フォーエヴァー」がある。この多様性が、あえてレーベル(しかも個人による)にして「エディション」を名乗る理由だろう(ちなみにECMとはEdition of Contemporary Musicの略)。

ECMのディスコグラフィを初期から順に見ていくと、ECM 1001〜1030の初期30作品が、そうした様々な方向からのポスト・フリーの「一覧表」のように感じられる。と言うより、自分の愛聴盤であるECM 1032 Ralph Towner / Diary やECM 1060 Ralph Towner / Solsticeは、明らかにそれらとは空気が異なるように感じられる。多田さんが言うところの「ジャズでもない、フリー・ミュージックでもない」、つまりは「他の何物でもない」ECMが、ここで初めて地層の堆積として露呈してくるように思われるのだ。「フリー・ミュージックのハードコア」との対比で、「ECMのハードコア」というキャッチフレーズがひらめく。これまた安易だが、でも仕方ない。本当のことだから。改めてしげしげと Ralph Towner / Diaryのジャケットを眺め、C.D.フリードリヒ「海辺の修道士」との類似に気づく。一度気がついてしまうと、もう他の見方ができなくなってしまうくらい強烈に似ている。というか、ここで眼差しは明らかに同じものをとらえている。北の海の果てに広がる凍てついた無限を。

その眼で見ていくと、次から次に同様の構図の「水平線ジャケ」が出てくる。その中でも特筆すべきは次の6作あたりだろうか。
ECM 1032 Ralph Towner / Diary
ECM 1038 Art Lande,Jan Garbarek / Red Lanta
ECM 1075 Jan Garbarek-Bobo Senson Quartet / Dansere
JAPO 60003 Edward Vesala / Nan Madol(ECM 1077)
ECM 1083 Terje Rypdal / After the Rain
ECM 1093 Jan Garbarek / Dis

「ECMと北方ロマン主義の系譜」、「凝視による像の滲みと音の響きの広がり」、「距離による風景の生成/再構成」等のテーマ系は、音だけを聴いていたら決して出てこなかったと思う。それだけECMにとってヴィジュアル・イメージが重要ということだ。ただ、ここで注意しなくてはいけないのは、ヴィジュアルがサウンドを絵解きしているわけではないし、反対にヴィジュアル・イメージをサウンドが解説しているわけでもないということだ。両者は互いにもたれかかることなく自律し、別の系列に属している。だからこそ、ヴィジュアル・イメージをそれ自体系列としてたどることが、大きな意味を持ってくるのだ。

もともと「ECMカフェ」当日にSound Cafe dzumiのオーディオで聴いたRalph Towner / Solsticeの冒頭曲Oceanusの衝撃を、改めて整理し論じたいと思っていた。その宿題は果たせていないが、この演奏の魅力については、いずれどこかでまた触れる機会があるだろう。ECMの核心がそこにはっきり見えた気がした。だがそれも切り取られた一片の風景に過ぎない。一瞬霧が晴れ、風景があり得ない鮮明さで視覚に突き刺さる。距離を欠いた衝撃。だがそれはすべてではない。他のほとんどの風景は、まだ霧に埋もれているのだ。そして、この深い森の探索を倦むことなく続ける者たちにだけ、気まぐれな女神は、束の間、そのヴェールを掲げてみせるに過ぎない。結局、我々は知ることになる。この深い森の魅力は迷うことにこそあるのだと。終わりなく迷宮をさまようことが悦びにほかならないのだと。

他のディスク・ガイドと異なり、この「ECM Catalog」は近道を教えてくれない。見渡したのとは異なる風景が、すぐそばに開けていることを訴えてやまない。何しろ果てしもなくさまよい、「道に迷うための地図」なのだから。その意味では、「ガイド本」と呼ぶのはふさわしくないのかも。しかし、だからといって、病膏肓に入った末期的マニア専用というわけではない。ECMの馨しさに魅せられながら、この広大な森にどこから分け入ったらよいかわからない人たちに、適切な入口(それは無数に開けている)を示してくれることだろう。4200円(消費税込み)は高いかもしれない。ならば図書館にリクエストしてみてほしい。これぞアルシーヴにふさわしい1冊だ。


稲岡邦彌編「ECM Catalog」 
発行:東京キララ社 
発売:河出書房新社


ウェブ上ではやはりmusicircus内のECMセクションが参考になるだろう。
http://homepage3.nifty.com/musicircus/ecm/

2010年7月23日のための連祷

  1. 2010/07/26(月) 22:26:39|
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7月23日、オランダのマルチ・リード奏者/作曲家のウィレム・ブロイカーが亡くなった。私は吉祥寺Sound Cafe dzumi店主の泉さんからのメールで翌日知った。
ディスク・レヴューで彼の手兵たるコレクティーフの作品を採りあげたことも何回かあったし、編集担当の柴さんの求めに応じて「アヴァン・ミュージック・ガイド」では紹介文も書かせていただいた。2001年に来日した際には、吉祥寺スターパインズ・カフェにコレクティーフのライヴを観に行って、いかにもなクロージング・テーマに合わせて舞台を降り、年老いたパブの主人よろしくテーブルを拭き、そのまま客席に踏み込んだブロイカーに眼鏡を磨かれた。その翌日、宿泊先のホテルのロビー行ったインタヴュー(「ジャズ批評」109号)を再掲することで、彼への哀悼の意を表したい。
なお、すでに一度「アヴァン・ミュージック・ガイド」で紹介文を書いているため、ここでは彼の登場がシーンにどのような転機をもたらしたかにスポットを当てた、ルポルタージュ風のイントロダクションを付けている。また、末尾に付されたディスク・ガイドも同時掲載されたものである。


路上の音/途上の音楽 ウィレム・ブロイカー インタヴュー

 ヨーロッパ・フリーのパイオニアにしてVIPともいうべきブロイカーが、手練揃いの手兵“コレクティーフ”を率いての初来日を遂げた。この絶好の機会に、本誌前号でもレヴューした、機知とヒューモアに溢れる彼らのステージングの背景を探るとしよう。

 1.ヨーロッパ・シーンの胎動
 六六年夏のアムステルダムには不穏な空気が漂っていた。三月の王女の結婚式−なんと王女ベアトリクスは皇太子にドイツから、よりによって元ヒトラー・ユーゲントのクラウス・フォン・アムスベルグを迎えたのだ−以来、若者たちは警官隊と深刻な衝突を繰り返していた。一連の学生改革の先陣を切ったというべきプロヴォ・ムーヴメントは、マリファナ解禁から都心部分の交通問題解消のために無料自転車を配布する「ホワイト・バイク・プラン」(他にもいくつもの福祉的「ホワイト・プラン」が提言・実施された)まで、機知とヒューモアに富んだ社会改革運動を進め、ビー・インや街頭ハプニングを生み出すなど、「平和的」をもって知られていたにもかかわらず。そして迎えた六月十三日、一人の組立工の青年のデモ中の死−デモは警察による厳重な治安維持体制の下に行われていた−が引き金となって、翌日ついに暴動が勃発(学生と労働者はここで手を結ぶ)、市内は内戦状態寸前へと至ることになる。
 当時まだ二十一歳だったウィレム・ブロイカーが、ローズドレヒト・コンクールに二十三人編成のオーケストラによる『一九六六年六月十四日のための連祷』を持ち込んだのは、それから幾らもたたないうちだった。彼らの演奏は国中を揺るがすスキャンダルを呼び、ブロイカーの顔写真が朝刊の第一面を飾った。
 「ウィレム・ブロイカーの登場は、オランダのシーンが変わり始める最初の兆候だった」 ミシャ・メンゲルベルグ
 彼の登場を待ちわびたかのように、シーンの歯車は一気に回り出す。彼はこの年、ダッチ・ジャズ・シーンの重鎮ボイ・エドガー(彼の名はその後オランダのジャズ大賞に冠せられる)のビッグバンド(『フィンチ・アイ』)、俊英シュリッペンバッハによる“グローブ・ユニティ・オーケストラ”(『グローブ・ユニティ』)、ギュンター・ハンペル・グループ(ESP『ミュージック・フロム・ヨーロッパ』)の各録音に参加し、加えて先の『連祷』の十七人編成ヴァージョンの録音を決行する。さらに、ハン・ベニンクとのデュオ(ICP第一作となる『ニュー・アコースティック・スイング・デュオ』)やペーター・ブレッツマン・オクテットへの参加(『マシンガン』)がこれに続くだろう。新たな音楽の脈動が燎原の火のようにヨーロッパを包み込もうとしていた。

 2.コレクティーフ
 その後のブロイカーの活躍は広く知られているところだ。ミシャ、ハンと共に立ち上げたICPを離れ、自主レーベル「ブハースト」を設立。また「即興演奏者のための会館」BIMハウス設立にも中心となって関わる。寓意と政治的諧謔に満ち満ちた音楽劇作品を生み出すかたわら、映画音楽や劇音楽の作曲を進め、七四年に自身のグループ“コレクティーフ”の結成にいたる(反ブルジョワ作曲家ルイス・アンドリーセンによる“オルケスト・デ・フォルハーディング”への参加も忘れられないところだ)。一部メンバーの交替を経ながらも(かつてはレオ・キュイパース(p)やウィレム・ファン・マネン(tb)がそこにいた)、すでに四半世紀以上の長きにわたり、“コレクティーフ”は充実した活動を続けている。ヨーロッパ中を、否世界中を駆け回りながら(彼らは中国すら2度訪れている)、劇場やホールはもちろんのこと、街頭で、広場で、はたまた電脳空間で、自在に隊列を組み替えながら、幾重にも波状攻撃を仕掛けてくるアンサンブルと、一撃必殺たたみかけるコミック(ピアノを弾き散らかしながらのストリップさえも!)が一体となった強力無比なパフォーマンスを彼らは繰り広げる。そのめくるめく歴戦の記録をCD付き写真集『25イヤーズ・オン・ザ・ロード』でたどることができる。発想の豊かさと遂行の徹底ぶりは全く信じられないほどだ。

 3.インタヴュー
 さて予備知識を仕入れたところで、いよいよお待ちかねのインタヴュー。宿泊先のホテルのロビーに現れたブロイカーは、インタヴューの時刻設定(東京公演翌日の午前中)もあって、疲れも手伝い最初いささか不機嫌だった。昨晩場末酒場の老主人を、あるいは鷹揚な家長を演じた彼の横顔はさらに苦み走った凄みを増して、まるで北海を荒らし回る海賊団の首領のように見えた。

 すべてはインプロヴィゼーションだ
 まずは昨晩のステージへの称賛とともに、あのステージングがどのように組み立てられていたのかを尋ねてみる。

 昨日のステージの進行があらかじめ決めてあったかって? 違うよ。コミカルな部分も含めてすべて即興さ。別にコントロールしてるわけじゃない。そもそもオレは前列に立って吹いてるんだから、自分の後ろで何が起こってるかなんてわからんよ。いろんなことがいくつも同時進行で起こっていくからそう見えるんだろう。実際には事前にシナリオがあるわけじゃない。例えば昨日、トロンボーンが犬の遠吠えをまねて吹いた場面があったろう。そのうちに四つん這いになって、ステージから出てっいっちまいやがった。もともとヤツはステージから客席の可愛い娘に目星をつけといて、何かと理由をつけてその娘のところに行きたがるんだ。今回それが犬だったのは、たまたまヤツが最近犬を飼い始めたからさ。そういえばトロンボーンで犬と話す練習をしてるとかって言ってたな。まあ、ともかくそうやってステージからいなくなっちまったきり、次の曲になっても戻って来なかったりするわけだ。そうすると、こっちはヤツ抜きで始めなきゃならない。これもインプロヴィゼーションさ。インプロヴァイザーってのは、常に表現し続けなくちゃいけない。新しい何かをそこに付け加えて、なるほどその手があったかって、オレを驚かせるぐらいじゃなくちゃいけないんだ。

 そういえば、コレクティーフの面子の中でも、もはや古参に属するアンディ(tp)−真ん丸アタマに丸メガネ、きれいにハゲあがった額に短く丸まっちい手足、笑うと目が線になっちまうチャーミングな笑顔と、ロル・コックスヒルを上回るカワイイ度百二十%の人間マスコット親父−が、顔を真っ赤にしながら、それでもパフォーマティヴな展開を見事に織り混ぜて、どんなもんだいとばかりに余裕しゃくしゃくのソロを取るのと対照的に、まだまだ新参者のアレックスやハーマインはひたむきにフレーズを繰り出しながら、自らの実力(成長ぶり)を刻みつけんばかりのソロを吹いていた(自分の存在を認めさせようというテンションがこちらにもビンビンと伝わってきた)。

 演劇としての音楽
 じゃあインプロヴィゼーションじゃない部分はどうなのか。ブロイカーは「書くこと」を自分のテーマにしていて、他の誰よりもスコアを書き込むって聞いてるけど。

 器楽部分のアレンジはオレがひとりでやってる。スコアを精密に書き込むってのはその通りだ。楽器名じゃなくて、個人の名前で書いてるってのもそうだ。なぜかって言えば、楽器のためじゃなく、演奏者のために書くからさ。演奏者ひとりひとりが果たす役割ってのは、ステージに上がって客を前にした演奏の中で初めて決まってくるものだ。だからもともとリハーサルは嫌いなんだ。曲をさらって、音を確かめるだけにしてる。オレの作曲やアレンジの仕方は、音を楽器に振り分ける代わりに、演奏者に役割やスペースを割り当てることじゃないかって。そうだな。でもそれは固定的なものじゃない。演劇と関係してるってのはその通りだ。オレは音楽を演劇としてとらえてる。たくさんのものを演劇からもらってる。でもそれはジャンルの問題じゃあない。オレにとって音楽劇ってのは、完全に抽象的な、舞台上で完結した表現じゃなく、ふだんの生活(デイリー・ライフ)とつながってるんだ。七〇年代によくやっていた音楽劇のシリーズは、そうやってできている。自分たちが置かれている状況を素材にして、政治ネタを寓話的に描いてみたりした。そうしたメッセージを、客は必ずしも真面目に受け止めてくれなかったけどな。

 新しい生活・文化・音楽
 「デイリー・ライフ」ってのが、きっと彼の音楽のキーワードだなと独りごちつ、プロヴォのことを絡めて聞いてみるとしよう。

 オレがプロのミュージシャンになった六〇年代の後半、プロヴォ・ムーヴメントってのがあった。一種の社会変革運動だな。街頭ハプニングを行ったりもした。オレの音楽と関係があるかって? いいか、それにはこういう背景があるんだ。オレたちの親の世代は大恐慌に続く三〇年代の貧しさを体験してる。それから今度は戦争だ。戦後は確かに豊かになった。カネもモノもある。けれど何も起こらない。親たちは結婚して子どもが産まれ大きくなって、暮らしもそこそこ豊かになって満足しちまった。けれどオレたちは我慢できなかった。この停滞した状況を切り開いて、新しい生活、新しい文化、新しい音楽を自分たちの手でつくりだそうとした。どこかよそからの借り物じゃあなく、ふだんの生活から、ひとりひとりが自分自身の物語を語り出すことによって、つくりだしていかなきゃいけないと考えたんだ。その点で、音楽活動をしていたオレたちとプロヴォの連中が同じ状況を戦っていたのは事実だ。もっとも連中はもっとポピュラーな音楽が好きだったから、音楽的に一致していた訳じゃないがな。

 街頭コンサート
 ブロイカーの街頭ハプニングと言えばこれだ。持ってきたICP003のジャケットを取り出して彼に見せる。

 バレル・オルガンの街頭コンサートのことかい。オレが生まれ育ったアムステルダムの街では、バレル・オルガンてのはどこにでもある見慣れたものなんだ。その見慣れたものが、突然聞いたこともないとんでもない音を、狂ったように出し始めるってのがポイントさ。しかも、ふつうは一台だけで演奏するところを、ずらりと三台も並べたもんだから、それだけでも「何だ」ってことになってくる。バレル・オルガンてのは大きなハンドルを回して音を出すんだが、このハンドルがまたえらく重たいんだ。だからオルガンを演奏してる職人はみんな力持ちの大男で、そいつらがずらりと揃ったのも壮観だったな。そこへあの音だ。爆弾でも仕掛けられてるんじゃないかと、びっくりして恐れおののく奴もいたな。大騒ぎになって警官までやってきた。LPの裏ジャケットにも写真が載ってるだろう。ほらこいつだ。この時は演奏用のロールからちゃんと作って、まあ大変な大仕事になったんだが、三台のオルガンが互いに議論しあうみたいな感じにしたんだ。広場の政治集会みたいにな。お高くとまって、コンサートホールのステージで待ってるんじゃなく、こっちから人のいっぱいいる広場へ出かけていって、しかも誰もが知ってるわかりやすいものを使ってやったわけさ。こうすればオレたちがやっていることが、みんなに届きやすくなるだろう。ブレヒト言うところの「異化効果」を狙ったのかって? それはある。彼の仕事からはいろんなことを学んだよ。

 街頭の騒音/路上の音楽
 そんなオルガンの響きは彼の音楽的無意識をかたちづくる基盤なのだろうか。

 確かにオレの作曲には速いリフが含まれている場合があるけど、それがメカニカル・オルガンから来てるっていうのかい。そいつはどうかな。むしろ、オルガンの音は街の生活の欠かせない一部なのさ。街は騒音に満ちている。そうした街の音、ストリート・ノイズからオレの音楽は常に影響を受けてきた。本を読んだりするよりもな。路面電車がゴトゴトと走る音やチンチン鳴る鐘の音、消防車や救急車のサイレン、マンドリンやアコーディオンの楽隊、教会の鐘、物売りの呼び声、人々のざわめき‥‥。予測しない時に予測しない音が聞こえてくる。ベートーベンに耳を傾けるよりも、自分の身の回りの物音に耳をすますのさ。オレの音楽は都市のノイズと切り離せないんだよ。コレクティーフは基本的にブラスバンドだけど、ブラスバンドってもの自体が街頭のものだ。二人の管楽器奏者がいれば、ヴァイオリン奏者十五人に勝てる。よりダイレクトなんだな。これはメッセージをダイレクトに届けるってことにも関係してくる。社会性ってことだ。

 いま熱い注目を浴びるロマ系(“タラフ・ドゥ・ハイドゥークス”とか)をはじめ、東欧からアジアに至る路上ブラスバンド群の隣で暴れまわる“コレクティーフ”を思い浮かべてみること。

 未来に向けて
 プロのジャズ・ミュージシャンのための連盟組織(BIM)を結成し、さらに政府に働きかけ、基金も創設して、長期間の取り組みの末、BIM会館設立にこぎつけた彼にとって、音楽とは演劇同様に完結した芸術ジャンルではなく、常に社会へとアクトし続け、日常生活をリクリエートする「公共の音楽」だったのではなかろうか。

 音楽はもちろん聴いて楽しむためのものだし、こちらも多くの人たちに聴いてもらいたい。そのためにみんなが聞き慣れた既存のスタイルを多く使っている。でもそれは模倣しているんじゃない。スタイルを借りてきて組み合わせながら、そこに問題提起やメッセージを組み込んでいるんだ。つまりここで音楽は二重の機能を持っていて、みんなはジャズやマーチを聴いているつもりで、実はオレ自身の音楽を聴いていることになる。そうやることで、ひとりひとりの考え方に働きかけたいんだ。聴いたその場で終わってしまうんじゃなく、聴いた次の日になって「そうか。こういうことか」とわかるような。家へ帰り日常の生活に戻ってからそうやって反芻することが、未来をつくる原動力になっていくんだ。 これからの計画かい。最近、二十五分のオーボエとオーケストラのための協奏曲を書いたな。これはコンサート・ホールのための音楽だ。ちょっと変わっていてバクパイプを使ってるんだが。“コレクティーフ”のためにも、『飢え』や『渇き』と三部作になる作品を考えている。でも、これらは私の音楽の一部に過ぎない。TV番組のために書いてる音楽なんて、みんな私の作曲だって気づかないさ。暖めているコンセプトはたくさんあるが、実現するかどうかは結局のところ状況次第だ。ひとつひとつ順番に実現していくよりも、その場その場でで起こってくることに本能的に反応した方がいい。だいたい自分の作品はつくってしまったら、もう聴かないことにしているんだ。これから来るべき新しい何かに向けて、ちゃんと耳を開いておきたいからね。


 そう言ってブロイカーは悪戯っぽく笑った。強固な信念に裏付けられ、政治的かけひきにも長けた雄弁さと同時に、青年活動家の熱い想いをも感じた一時間だった。

協力 アイウィル、坂本信(通訳)


ディスク紹介
Willem Breuker&Leo Cuypers/...Superstars (rec.1978)
前期“コレクティーフ”を支えた女房役との自由闊達なデュオ集。各種サックス及びクラリネットからリコーダーに至る多楽器を自在に持ち替えながらのブロイカーの演奏は、まるで操るパペットを取り替えるように、その都度異なった肖像を鮮やかに描きあげていく。音を絞り込みながら、演奏の振幅にぴたりと合わせるキュイパース(p)もまた見事。

Willem Breuker/Twenty Minutes In The Life Of Bill Moons−De Achterlijke Klockenmaker (rec.1974)
 70年代前半の音楽劇時代の代表作。LPのB面を占める『オメデタ時計屋』なら、奇妙ないでたちで現れたサックス奏者が、突如奇声を発しながら舞台上に並べられた目覚まし時計を叩き壊し、天井からぶら下がったロープに飛びついて、大時計の振り子よろしく揺れてみせる。諧謔と風刺に満ちた激烈極まりない表現が観客を熱狂の渦へと叩き込む。

Willem Breuker Kollektief/Live At The Donaueschingen (rec.1975)
 音楽劇からの抜粋を携えての巡業ライヴのひとコマ。息もつかせぬ猥雑さと哀愁、激情のめくるめく奔流。劇場よりはサーカスあるいはキャバレーか。楽器が飛び散り、メンバーも倒れたまま起き上がれぬ様(ジャケット写真参照)がステージの凄まじさを物語る。当初『ヨーロピアン・シーン』と題されていた“コレクティーフ”初期の代表作。

Willem Breuker Kollektief/The Parrot (rec.1980-83,85,95)
 「コレクティーフは70年代のグループ」との先入観念を吹き飛ばす80年代ベスト集成。この時期のLPの再発は困難のようだから、まずは本作で。タンゴ、マーチ、ダンス・ミュージカル、ムード・ヴォーカル、植民地音楽‥‥と曲想の多彩さとアンサンブルの達者さに舌を巻かざるを得ない。ワイルやモリコーネ、プロコフィエフ(!)の編曲も秀逸。

Willem Breuker Kollektief/Heibel (rec.1990-91)
 80年代後半はモンドリアン・ストリングスとの共同作業により、ワイルやガーシュイン、サティ等の編曲に取り組むことの多かった彼の久々の自作自演は、リズムを強調した表題の組曲と即興ヴォイスから大時代的歌唱までこなすフリーチェ・ベイマ及び後にメンバーとなる超絶技巧のローレ・リン・トリッテン(vn)を迎えたミニ・オペラから成る充実作。

Willem Breuker Kollektief/Pakkepapen (rec.1997)
 アンサンブルは軍楽隊の突進力・突破力とディキシー・バンドの揺らぐような柔軟性を併せ持つばかりか、ダンス・カンパニーにも似た集団展開の巧みさ(何群かに分割しての同時多面展開等)すら見せる。巧みに引用を織り込み、台詞をすら差し挟みながら、めくるめく場面転換を連ねて、映画音楽的なポピュラリティを高々と掲げた必聴モノの傑作。

Willem Breuker Kollektief/Hunger (rec.1999)
 大戦末期から終戦直後の窮乏期をイメージしていると言いながら、むしろ曲想は二十〜三十年代へとさかのぼりつつ、たれこめた暗さはもちろんのこと、当時市民が求めてやまなかった救いや幸福をも幻のように映し出していく。特に寂しさを紛らわそうと、ほんの束の間、能天気に振る舞う流行歌を模した『時は空っぽのワインボトル』は聴きもの。

Willem Breuker Kollektief/Thirst (rec.1999-2000)
 アンサンブルによる定型パッセージの反復回帰が、回り舞台のように場面転換を促す表題作(組曲)は、もともと“インスタビレ”のために書かれたという。霧に煙るほどに湿度の高い猥雑さをにじませた『ロンリー・ウーマン』をはじめ、多くのヴォーカル曲を含むのも特徴。前作『飢え』に続く「抑圧三部作」第二作にして現在のところ(2001年当時)最新作。



ほぼ中央で腕組みしているのがウィレム・ブロイカー。

可能空間/Possible Spaces for the first World Listening Day

  1. 2010/07/23(金) 00:35:56|
  2. ライヴ/イヴェント・レヴュー|
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7月18日(日)はワールド・リスニング・デイでした。サウンドスケープの提唱者であり、「世界の調律」等の著書で知られるR・マリー・シェーファーのバースデイにちなんで、今年から定められたんだそーです。へー。で、環境音に耳を傾けたり、フィールド・レコーディングを用いた演奏を聴いたりなどすると。
この日、代々木20202(ツーオーツーオーツ)でPossible Spaces /可能空間 V.4.2というイヴェントが開催されました。企画者マルコス・フェルナンデスによる案内は次の通りです。

「Possible Spaces」はフィールド・レコーディング、サウンドスケープ、 そして複数名の音楽家による即興演奏の発表の場です。 アートとして音を読み解いていこうとするこの試みは、 環境音と私たちの関係性や“音のエコロジー”を認識させることにより、 聴衆の耳を引きつけるでしょう。聴覚の重要性は、 視覚情報にばかり気をとられるあまりしばしば軽視されがちです。 「Possible Spaces」は環境音より取り出された情報の再認識を促す概念を紹介します。


午後2時から7時まで、途中休憩を挟みながら、フィールド・レコーディングを素材とした様々な演奏を聴くことができました。以下はそのレヴューです。


マルコス・フェルナンデスが長身を窮屈そうに折り曲げ、ノートPCのモニタをのぞき込むうち、いつの間に演奏は始まっていた。水の音。小さな波がかぶる。人の話し声。何かを木製のものを叩く音がして、人の働く空間の広がりが浮かび上がる。だがそれもすぐに移り変わる。蝉時雨のような電子音。アナウンス。行き交う車の騒音。耳慣れた街の風景。だがはっとするような鮮やかさ、生々しさはない。おそらくそれは狙いのうちなのだろう。ぼんやりとかけられたディレイが音像の輪郭をにじませ、互いに溶け合わせる。こちらへは迫ってこない、どこかモノクロームに夢見るような景色の連なり。そこでは水音、交通騒音、話し声、鳥の鳴き声はさざめくような運動性/流動性を有する希薄な充満として、ひとつの範列をかたちづくっている。大工仕事やおはじき、コインの音など、手元で立てるちっぽけな音が空間を照らし出す様がそれと対比される‥‥そんなことを考えながら、響きに耳を浸していると、いつの間にか列車に乗っている。さっきまで聴こえていた祭り太鼓の遠い響きが、レールの継ぎ目が生み出すリズムに移し変えられている。車両の壁にアルミのコップでも掛けられているのか、電車の揺れに合わせて、涼やかな金属音を立てている。いま思わず「電車の揺れに合わせて」と言ったが、もちろん揺れが見えるわけではない。列車のガタゴト音とカランカランという金属音は厳密には同期していないが、私の身体はいとも簡単にそれを媒介してみせる。この心地よいシークウェンスに象徴されるように、彼の演奏はイマジナリーな線に沿ったトラヴェローグととらえることができるだろう。音像の曖昧化や暗騒音の利用、あるいは断片のループ化や同質の響きの間の滑らかな移行といった「音楽的」操作も、この「視点」の移動に適合した流動性の獲得に奉仕している。

マルコスが最後に残した水音を引き継ぐようにして、中山がしぶきを上げ逆巻く波音で演奏の幕を開ける。すぐに風鈴の響きが重ね合わされる。さらに船のエンジン音や海鳥の鳴き声が加わる。先ほどのようには風景は流れ行かず、むしろじっとそこにある。自然と我々はこの音景色をかたちづくる細部の運動に眼を凝らすことになるだろう。また、マルコス以上に彼は電子音を用いる。間欠的で緩やかなビートの提示、あるいは高音でのギターのサステインにも似た希薄なたなびきが、波のしぶきや風鈴、海鳥の鳴き声と重なり合う。

遠い水音をいったんクローズアップし、その後、再度引き下げて曖昧化した後、伊達はちっぽけな金属音を吟味しはじめる。まるでハープの部品を叩きながら点検するように。くぐもったちっぽけな響きが手元を照らし、遅れて長い残響がぼうっと部屋を照らし出す。薄暗く生暖かい親密な空間。やがてエレピやギターに似たマイクロトーンが、緩やかに波打ちながら空間をかがっていく。ひと針ひと針が仮想の平面を現出させる。ちょうどマイルス・デイヴィス『イン・ア・サイレント・ウェイ』のように。半透明の空間は透過性を高め、微かな人の声や動きが気配となって滲みだしてくる。逆に言えば、映画のサウンドトラックがしているように、画面上の人の動きに(この場合は描かれたサウンドスケープに)おぼろな感情のヴェールをかける。チェロの響きが高まり、まばらな物音を水没させると、鳥の声に伴われて赤ん坊が寝息を立てる。彼はこの空間にたゆたう親密さの感触を、最後まで決して手放そうとしなかった。

先の3人にカール・ストーンとコリー・フラーを加えた全員による即興セッション(もうひとり参加が予定されていた虹釜太郎は体調不良のため残念ながら不参加)。最初、水琴窟にも似た不思議な響きが浮かび、石遊び、水音、鳥の声、(無線による?)話し声が加わる。先に指摘した「希薄な充満」の範列は「台紙」として多用(重用)される傾向にある。あるいはそれとよく似た系列で、さらに特定の場所を強く喚起する次のような音たち。駅のアナウンス、アジアの雑踏、子どもがはしゃぎ遊ぶ声、学校の部活動の練習、遠くの踏切の警報‥‥。にもかかわらず、これらの音の入れ替わりは「異なる空間が接合されている」ことの不思議さをほとんど感じさせない。マックス・イーストリーによるサウンド・インスタレーションの録音では、トラック間の沈黙がないことにより、空間から空間へ瞬時移動するような感覚を何度となく覚えたにもかかわらず。
それらはスクリーンの上で、あくまで投影された像として混ぜ合わされ、モンタージュされているように感じられる。注意深く保たれた「距離」と「不鮮明さ」によって、切り取られた風景の集積。それは一刻も早く「現在」から抜け出して、「過去」に「記憶」になろうとしている。一瞬浮かんでは消えるメロディの断片。街角に響くポップ・ミュージック。見たことのない、でもよく知っている懐かしい景色。
そこでは聴き手に語りかける等身大の音は遠ざけられ、空間を曖昧/希薄に満たす遠い甘やかな広がりか、手元に手がかり/手触りとして残されたちっぽけな音のかけらが選ばれる。
そうしたことは最後に行われた2度目の全員参加セッションでも確かめられた。子どもの歌、鳥の声、せせらぎ、蝉時雨、眼前を行きすぎる自動車、ウインドチャイム、浮かんではすぐに消えるポップ・ミュージックの断片‥‥。情景喚起力のある音が文脈を規定してしまい、そこに固着して新たな文脈を切り開けないことによって、たとえ細部は異なっていても風景は既視感にとらわれる。何度も見た美しく慎ましく懐かしい風景。それは心象風景として内面化されていくよりないだろう。そうした罠を逃れ、新たな文脈を獲得していくためには冒険が必要だ。
「いらっしゃいませー」と場違いなウェイトレスの声が響く。仕掛けたのはおそらくカール・ストーンだろう。他の演奏者に苦笑いが浮かぶ。腕組みをして辺りを眺め回す彼の動きは、ノートPCのモニタやミキサーの盤面だけを見詰め、キーボードやつまみから指を離そうとしない他の演奏者たちとは明らかに異なっていた(ICCでインタヴューした10年前に比べて、ずいぶんと下腹の出た彼は、ヒゲとサングラスでマフィアに扮しているように見えた)。あるいはJR線らしき電車の通貨音やホームの騒音に、何語なのだろう列車案内のアナウンスがかぶせられる。見慣れた風景が実は再構成されたものであり、実際にはあり得ない混合物だと気づいた時の小さな驚き。

最後のセッションに先立って行われたカール・ストーンのソロは、あるいは既にそうした違和の表明(異議申し立て)だったのかもしれない。街頭の騒音、犬が吠え、オートバイがうなる。だがそれは明らかに再構成された風景だ。拡声器を通したような不自然な声とディレイの操作で波打つ暗騒音。それは曖昧に捏造された記憶として音風景を立ち上げる代わりに、音のアブストラクトな強度を際立たせ、サウンドとして構築することにほかならない。早回し、イコライジング、ループ化等、それぞれの「音響部品」に対するテープ・ミュージック的な、いささか古風な個別操作も、そうした意図に沿うものだろう。空間を提示することなく、いきなり前景に現れる声。早回しされることによって貼り付けられた断片であることを明らかにする物音。イコライジングにより粒子を荒げ、輪郭を失ってざらざらとしたノイズへと荒れ果てていく響き。
途中休憩時にかけられた虹釜太郎の作品(本人に確認したところ、昔、沖縄でサウンド・インスタレーションをした時のものではないかとのこと)もまた、素材や肌理の異なる同色の布地を並べたような、モノクロームでアブストラクトな手触りにあふれたものだった。彼が参加すれば全員セッションのバランスはもう少し違ったものとなったかもしれない。そこに切り開かれたかもしれない可能性を思うと残念でならない。

サササササ‥‥タタタタタタ‥‥。コリー・フラーは自らのソロ演奏を、情景を喚起しないアブストラクトなサウンドで始めた。その中に含まれる貝殻をこすり合わせるようなノイズが細部にリアルな手触りを与えている。空間を異なる軌道/周期をもって旋回する物音の向こうに、弦楽アンサンブルとコーラスが混ぜ合わされたような「音楽的」な響きが現れ、ホーミーにも似た引き延ばされた螺旋状の詠唱を伴って、天上へと立ち上っていく。立ち上る響きもまた複数のループを含んでいるのだろうか、イーノ「ディスクリート・ミュージック」に似た生成的な手触りを有している。さらに、外側を旋回する音像と中心部分の間を、より輪郭の曖昧な響きがゆっくりと脈動しながら動いている。とりあえず眼についた4つの主要な要素(=音響機械)を書き出したが、これはむしろ前景/中景/遠景に相当するような区分であり、先に触れたようにそれぞれが複数の音響部品から構成され、その都度ミクロな響きを生み出しているのだろう。この全体像は「風景」とも「音楽」とも感じられない。それゆえ心象化もされない。旋回するノイズが「音楽」を異化し続け、不断の生成によるバランスの移り変わりが「風景」を固定しない。逆に言えば、この眼前を過ぎるざらつきがなければ、豊穣な倍音を含む響きは、たやすく飽和してしまうことだろう。一見ポスト・クラシカル風の甘く優しげな響きが、結局、この日聴いた演奏の中で、最も印象に残るものとなった。
終演後、いったい幾つのサウンド・ファイルを同時に操作していたのか、彼に尋ねてみた。彼の説明によると、16トラックを用意していて、途中でファイルを入れ替えているものもあるから30前後ではないかとのことだった。演奏がカオス状態になってしまうのが嫌なので基本的な構造を設定しているが、その中で一定の幅を持たせている。例えばループの周期をずらして設定してあり、ぴたりとは合わず、常にずれていく。各種パラメーターも一定程度変化させることができる。こうした不確定性と向き合いながら即興的にコントロールしている。だから全く同じサウンド・ファイルを使ってもう一度演奏したら、たぶん全然違う演奏になってしまうだろう。実は今日使ったフィールド・レコーディング素材の幾つかは、カナダの山奥にあった精神病院、もう閉鎖されて廃墟になっているのだけれど、そこで録音したものだ。小さな物音やドアの軋みとか。その病院は変わった治療方針を持っていて、薬ではなく、自然と音楽で病気を治療しようとしていたんだ。
特別な(神秘的な/マジカルな等)場所で録音した音だからと言って、そこに不思議な力が宿るとは私は思わない。けれど空間の特性を肌で感じながら、響きの細部に耳を凝らし収めた音を、その時の記憶とともに用いるのならば、それは音の匂いや手触り、温度感や重さを活かした使い方ができることだろう。

演奏プログラム(途中休憩あり)
1.マルコス・フェルナンデス http://www.marcosfernandes.com/
2.中山信彦 http://www.ne.jp/asahi/dream-walkers/kazehakase/main/main.htm
3.伊達伯欣 http://www.kualauk.net/
4.全員
5.コリー・フラー http://www.myspace.com/coreydavidfuller
6.カール・ストーン http://www.sukothai.com/v.2/index3.html
7.全員


写真はhttp://www.soundingthespace.com/から転載

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