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第1回「耳の枠はずし」プレイリスト

  1. 2010/03/29(月) 21:41:07|
  2. レクチャー内容|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
DTIブログの終了に伴い、ブログ「耳の枠はずし」は下記に引っ越しました。お手数ですが、「お気に入り」等の変更をお願いいたします。これまでのご愛読どうもありがとうございました。今後は新ブログ「耳の枠はずし」をよろしくお願いいたします。

  新 : http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/

  旧 : http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/



3月28日(日)開催の「耳の枠はずし」第1回は、おかげさまで好評のうちに無事終了しました。ご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。
個人的にはLPの音の良さを再認識しました。特に下にジャケットを掲げたCramps盤! 演奏・録音ともいいと評価していましたが、抜群でした。Sound Cafe dzumiのオーディオ様々です。
当日、プレイした音盤のリストを掲げておきます。
プロジェクタで音盤のジャケットや参照すべき絵画や写真など、ヴィジュアル系資料の紹介にトライしてみたのですが、こちらも評判がよく、うれしかったです。ふだん、どうしても聴覚は視覚に従わされてしまいます。聴覚から視覚へとイメージを広げることは、今回のレクチャーのテーマのひとつと考えています。

第2回は来週の日曜日、4月4日です。
テーマは「野生の耳がとらえる音景」。
今回のレクチャーの第1〜3回は、自分なりに「フリー・ミュージックのハードコア」ととらえています。
第1回は「音響」以降と言われている演奏と、Derek Bailey,Hugh Davies,Gruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza等との演奏の類縁性を指摘し、ある水脈を浮かび上がらせてみました。
彼らが内省を通じて、沈黙に渦巻くざわめきの力動に触れていたとすれば、第2回で取り扱うのは、自然のたゆまぬ生成のざわめきに耳を凝らし、やはり同じ力動に接続していった演奏者たちです。Michel Doneda,Ninh Le Quan,Dominique Regef,Benat Achiary,Kazue Sawai,Kim Suk-Chul等の音源を紹介します。どうぞご参加ください。

4月4日(日) 15:00〜18:00
第2回 野生の耳がとらえる音景

なお、各回定員25名のため、予約をおすすめします。
料金:各回1000円(1ドリンク付き)
会場:Sound Cafe dzumi
   武蔵野市御殿山1−2−3 キヨノビル7F
   JR吉祥寺駅南口から徒歩5分
   電話:0422-72-7822
予約先:event@dzumi.jp
    件名「耳の枠はずし:日付」、本文「氏名、人数、電話番号」
    をメールで送付してください。


福島恵一音盤レクチャー in Sound Cafe dzumi〈耳の枠はずし−不定形の聴取に向けて〉
第1回 デレク・ベイリーと「音響」以降 音盤プレイリスト

1.ぶつかりあう音の軌跡
■Derek Bailey/Guitar Solos vol.1(Incus) 1971
■Phosphor/Phosphor�(Potlatch) 2006
■Phil Durrant,Thomas Lehn,Radu Malfatti/Beinhaltung(Fringes) 1997
■Toot/Two(Another Timbre) 2008
■Phil Minton/A Doughnut In One Hand(FMP) 1998
■Speak Easy/Backchats(Creative Sources) 2008

2.ベイリーの語法の確立
■Derek Bailey/Pieces for Guitar(Tzadik) 1966−67
■Derek Bailey/Public and Domestic Pieces(Emanem) 1975−76
■Derek Bailey/Improvisation(Cramps) 1975
■Derek Bailey/Notes(Incus) 1985
■Derek Bailey/Carpal Tunnel(Tzadik) 2005
■Spontaneous Music Ensemble/Karyobin(Island) 1968
■Company/Company1(Incus) 1976
■Company/Epiphany(Incus) 1982

3.フリー・ミュージックの複数性
■Derek Bailey&Han Bennink/Live At Verity's Place(Incus) 1972
■Evan Parker,Derek Bailey,Han Bennink/Topography of the Lungs(Incus) 1970
■Peter Brotzmann/Machine Gun(FMP) 1968

4.「力の即興」の水脈
■Hugh Davies/Performances 1969−1977(Another Timbre) 1969
■Chris Burn's Ensemble/Ensemble at Musica Genera 2002(MooMusic) 2002
■Evan Parker&Paul Lytton/At The Unity Theatre(Incus) 1975
■Evan Parker&Lawrence Casserley/Solar Wind(Touch) 1997
■John Butcher/Invisible Ear(Fringes) 2002
■Rohdri Davies/Trem(Confront) 2001
■Gruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza/Azioni 1967−69 (Die Schachtel)

※主要参考文献
□デレク・ベイリー「インプロヴィゼーション」 工作舎
□清水俊彦「ジャズ・アヴァンギャルド」 青土社
□椹木野依「へルター・スケルター」 トレヴィル
□宮川淳「アンフォルメル以降」 宮川淳「美術史とその言説」 水声社
□今橋映子「〈パリ写真〉の世紀」 白水社
□尾崎信一郎「絵画論を超えて」 東信堂
□ロラン・バルト「第三の意味」 みすず書房
□ジョナサン・クレーリー「知覚の宙吊り―注意、スペクタクル、近代文化」 平凡社
□ヴァルター・ベンヤミン「ベンヤミン・コレクション� 近代の意味」ちくま学芸文庫
□Derek Bailey "Improvisation(second edition)" Da Capo Press
□Clive Bell "New London Silence" The Wire issue 260,Oct. 2005






本日、「耳の枠はずし」第1回です

  1. 2010/03/28(日) 10:11:16|
  2. レクチャー関連|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
おかげさまで、福島恵一音盤レクチャーin Sound Cafe dzumi「耳の枠はずし」初日を迎えることができました。
あれやこれやで準備が不足し、結構ボロボロですが、わかりやすく語りかけるよう努めてまいりますので、よろしくお願いいたします。珍しい音源もいろいろ聴けるし。プロジェクタでヴィジュアルもいろいろやってみます。
それでは会場でお会いしましょう。
※本日の第1回は予約された方で定員に達しておりますので、ご注意ください。


初回を目前にかなり緊張してますー。


「耳の枠はずし」第1回予約完了のお知らせ

  1. 2010/03/25(木) 21:37:47|
  2. レクチャー関連|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
3月28日(日)の音盤レクチャー「耳の枠はずし」第1回は、お蔭様をもちまして、予約していただいた方が定員の25名に達しました。どうもありがとうございました。
せっかく期待しておいでいただく皆様に、「来てよかった」と感じていただけるような内容とすべく頑張りたいと思います。せっかくの機会なのでいろいろ音を聴いていただこうと、3時間の持ち時間の半分以上は、音盤のプレイタイムにしてまいります。
第1回への参加につきましては、後はキャンセル待ちというかたちになってしまいます。申し訳ございません。ご了承ください。なお、当日のプレイリスト等は、各回終了後に、このブログにアップさせていただきます。
第2回以降はまだ予約に余裕がございます。
なお、各回の内容につきましては、2/24の記事(カテゴリー:レクチャー日程)をご覧ください。




「耳の枠はずし」について

  1. 2010/03/22(月) 13:06:55|
  2. レクチャー内容|
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  4. コメント:0
福島恵一音盤レクチャーin Sound Cafe dzumi「耳の枠はずし」第1回は、3月28日(日)に開催します。詳しくは2/24の記事(カテゴリー:レクチャー日程)をご覧ください。

 「ユリシーズ」3号のディスク・レヴューで採りあげるRichard Skelton「Landings」(Type)やTomoko Sauvage「Ombrophilia」を繰り返し聴いている。音から香りのように風景が立ちのぼり、くっきりとあるいはゆらゆらと像を結ぶ。それは自然が勝手に生成する人間のいない世界だ。もちろん、作品をつくったのは人間で、楽器を演奏したり、PCの前に座って編集に悪戦苦闘したり、あるいは床に座って、水の入った茶碗をスプーンでかき回していたりすることは知っている。Tomoko Sauvageの演奏なんてyoutubeでも簡単に見られるし。けれど出来上がった音響、再生装置を通して私の耳に届けられるサウンドは、決してそうした営みに還元、あるいは解消できるものではない。そこにはどうしようもなく他の何かが宿っている。本当はそう言いたくないけれど、仕方ない、それを「神秘」と呼んでもいいだろう。

 音は我々の外にある。音は決してコミュケーションの道具ではなく、相手の意図を運ぶ乗り物でもない。たとえある意図を込めて発信したとしても(たとえば言葉のように)、必ず他の何かが紛れ込み、憑依する。発信者の意図を推し量ることで、音をわかった気になるのはやめにしよう。それは「聴くこと」を貧しくすることにほかならない。だいたい「聴くこと」は、そんな風に人間の自由になんてならないのだ。

 Tomoko Sauvageの生み出した音の不可思議な手触り、揺れる息遣い、おぼろに移ろう色合いを、「水を張った茶碗をかき混ぜる」動作やそれをコンタクト・マイクで拾う仕掛けに還元してしまえば、それはひとつの「ネタ」へと矮小化され、見て、あるいは知ってさえいれば、「ああ、あれね」と片付けることもできる。それが情報消費のやり方だ。こうしたことを続けている限り、人は「聴くこと」の豊かさへたどり着くことはないだろう。たとえライヴに行ったとしても事情は変わらない。聴衆は音を聴く代わりに演奏者の像(身体の運動)をとらえ、あるいは意図を探り、体験をそこへ帰着させようとする(それゆえ「聴くこと」は貧しく限定される)。演奏者の意図を超えて、様々な亀裂や断層をはらんだ音は、誰にも聴き届けられることなく、むなしく空中に吸い込まれていく。過剰な残滓として。

 もともと我々はあらかじめ知っているものしか、あるいは当面必要とするものしか眼に入らないし、耳にも聞こえない。そこには何重にも枠がはめられている。しかし、我々はそのことをふだん意識しない。音楽を聴くような場合にさえ。不均等な符割のせいで、実際にはとてもそうは聞こえないJ−POPの歌詞を歌詞カードで読み取って話題にすることに、何の不思議も感じていない人々。J−POPなど型にはまった音楽だとして、より「前衛」的なサウンドに耳を傾ける人たちも、先に述べた「演奏者/作曲者への還元」の罠にはまっていないだろうか。

 音盤レクチャー「耳の枠はずし」で、私がフリー・ミュージックを題材に採りあげたいのは、決してデレク・ベイリー論やフリー・ミュージックの歴史ではなく、まさにこのことなのだ。



2つのパステル・ミュージック(2)

  1. 2010/03/16(火) 21:53:23|
  2. 音楽情報|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
 前回の予告通り、今日は韓国のポップ・ミュージックを扱うインディ・レーベルPastel Musicを紹介します。皆さんは現在BS-TBSで水曜夜9時から再放送している「コーヒープリンス1号店」というTVドラマはご存知ですか。あのオープニング曲を担当しているMelodyをはじめ、ほとんどの楽曲を提供しているのが、Pastel Musicのアーティストたちです。基本的には洗練されたアコースティックなアレンジで、透明感のある女性がヴォーカルを取る感じ。パステルの名前通り、透き通った淡い切なさが素敵です。Pastel Musicは海外アーティスト作品のリリースも行っているんですが、Devendra BanhartやMark KozelekがKath Bloomの楽曲をカヴァーし、本人によるオリジナルと2枚組にした「Loving Takes This Course」の韓国盤を出してます。こう言えばレーベルとしての眼の確かさは伝わるんじゃないかな。
HPはこちら。ちょっと重いかも。 http://www.pastelmusic.com/

Pastel Musicのコンピレーションに収録されているZittenのMVのアニメーションがとっても切なくて泣けるので、以下にリンクを貼っておきます。

http://www.youtube.com/watch?v=YxczoxCX1ac

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